持続可能なグローカルコミュニティ形成をめざすための日系カナダ史の再探求 和歌山県美浜町三尾地区(アメリカ村)とカナダ BC 州バンクーバー島間の戦前期移住に関する 参加型アクションリサーチ(CBPR)
Lisa Domae (堂前 リサ)North Island College
河上 幸子(Sachiko Kawakami) 京都外国語大学
日本からカナダへの最初の移住がおこなわれてから 140年が過ぎた。主に戦前に移民を送り出した日本の村も、移民が定着したカナダのホスト社会も、移民をめぐる地域史の掘り起こしや日英両語でのアーカイブ化、またその持続的な活用のための人材育成や仕組み作りが喫緊の課題である。
しかしながら、日本でもカナダでも地方都市においては、当事者の高齢化が進み、人材や資金の調達に問題を抱えている。そこで本研究では、これまで和歌山県美浜町三尾地区およびカナダブリティッシュコロンビア州バンクーバー島をそれぞれのフィールドとし教育事業や社会連携に携わってきた研究者が呼びかけ人となり、研究者が専門家としてコミュニティに対する研究をおこなうという立場からではなく、ファシリテーターとしてコミュニティと対等な立場で協働する過程を強調する参加型アクションリサーチ(CBPR)の考え方を参考にしながら、日本とカナダ双方の関連分野の研究者や市民研究者、地域活動に携わる住民、自治体、当該地域の学校や博物館、コミュニティ団体などと連携して、まだ研究の進んでいない三尾からバンクーバー島への初期移民に関する資料収集および整理をおこなうこと、そして当該両地域の持続的な発展と文化継承につながる研究成果の活 用を日英両語で議論し、実践することを目的とする。
和歌山県美浜町三尾地区は、1800 年代末ごろに人口 1,221 名の人里離れた村であったが、第二次世界大戦前にカナダへ移民を送り出した移民母村としては最大級であり、1939 年までには3,000 人を 超える日系カナダ人が三尾に直接的な出自をもっていたといわれる。ブリティッシュコロンビア州沿岸への主に成人男性中心の三尾からの初期移民は、アメリカ村としても知られる三尾を経済的、 物理的、社会的に一変させた。
従来の研究では、カナダへ渡った三尾出身の一世たちはスティーブストンに集住し鮭漁やサケ缶詰産業に従事してきたことが強調されてきたが、漁業従事期以外の季節に、こうした人々が炭鉱や製材資源、農地を求めてバンクーバー島の小集落へと二次移住を繰り返しながら生計をたてていた事実については、ほとんど研究の対象となっておらず明らかにされていない。
第二次世界大戦が始まった1941年当時、3,400 人の日系人が、コモックス、チェマイナス、ナナイモ、キャンベルリバー、トフィーノ、ユークルレット、ポートアルバーニやガルフ島、 ディスカバリー島におり、第二次世界大戦中の日系人の強制収容によって取り壊されるまで、そこにはすべて和歌山出身者の居住区があった。
コミュニティ団体がそこに残されたものを収集し保存しているが、そうした品は日の目を見ることがなかった。こうした資源を日本とカナダにまたがる三尾出身者のコミュニティにつなげる試みも、学術的な記録を残すこともなされてこなかった。
こうした問題意識から、本研究では、戦前のバンクーバー島に存在した三尾出身者の居住地を調査するとともに、その子孫が今日、日本やカナダで家族のルーツ探しを行なっている現状やその意味合い、さらに三尾やバンクーバー島において埋もれてきた歴史的資料の保存や継承といった問題についてデータを収集してコミュニティの人びとや関係機関と連携しながら考察し、今後の活用に向けて議論していく。
参考文献
1 武田丈 (2015) 「<特集論文:コミュニティと協働する研究方法論:CBPR>コミュニティを基盤とした参加型リサーチ(CBPR)の 展望:コミュニティと協働する研究方法論」『人間福祉学研究』8(1): 9-25.
2 河原典史(2018)「カナダ日本人漁業史研究をめぐる展望と課題 : 近年における北米の成果を中心に 」『立命館文學』 (656): 121- 135.